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  水景
 
 
舟の上に男が六人
それぞれが一つの舟に乗る
丈より高い針のようなさおを立て
細長い板のような舟を漕ぐ
四人の向く先に一人が相対し
残る一人はこちらに背を見せる
均整の取れた体躯のどれもが
裸のような色に包まれる
 
足もとに鳥が一羽
一番近くの男を見上げる
人物はみなかさをさし
画面は陰影が施され
雨が降っているかわからない
何か話している――
のかそれもわからない
 
中国の水辺には
遠近を狂わせる
何かがあって
異邦人たちは
よく奇妙な
画を描いている
 
              ('86.3.30)
 
 
  痕跡
 
 
海から上がると街を目指して歩いた 車
道を渡ったホテルの前で 身体を洗って
いる女を見掛けた サーフボードを立て
た家の隣に 壊され掛かった家を見つけ
た 板張りの床は ひそやかな気配をそ
の上に載せていた 居間に捨てられた家
族の持ち物の中に 旅先で書かれたはが
きがあった 台所に残された流しとレン
ジは 魂を抜かれた肉体のように思われ
た 外国製のピアノと錆びた浴槽は ど
れも旧い様式を具え 今でも不意の客を
迎えるしつらえのように思われた 壁で
仕切られた空間のそこここに さまざま
な生活の所作が覗かれたが それらをあ
かすものだけが今はどこか遠くに消えて
いた 私はそのころ 生活を一新するた
めの場所を探していた
 
              ('86.9.10)
 
 
  春月
 
 
浅い眠りから目覚めると
カーテンの向こうに
まぶしく光る陽がある
 
月が変わった朝
それでも日本の裏側は
まだ冬にある朝
 
右側は澄みきった空
左側はどんよりとした空
その危うい歩廊を渡った
 
人びとが眠る間に
周りのルールは変わる
午前七時の三月の空
 
              ('86.3.1)
 
 
  記音
 
 
夜明け近く 二度
悲鳴のような音を聞いた
モーツァルトが薄明かりで
クラリネットをいじっている
長い沈黙を打ち破ったあと
それは急にやんでしまう
 
「悲鳴」は君には聞こえなかっただろう
とだれかが言う
人に道を教えることとは違うからね
ひとはいつでも
生に突き動かされていることを
その記音に確かめてみる
 
              ('86.2.15)
 
 
  遅れて来た立ち合い人
 
 
君がもち菓子のたくさん入ったビニール袋を
胸に抱えてチキン・ピラフを食べているぼく
に向かってこれは何個用意すればよいのでし
ょうかと尋ねるものだからぼくは何と答えて
よいのかわからなくてあとでほしかったコー
ヒーをそのとき注文したんだ 君はとっさに
ぼくがさきほどから来ている客であることに
気づいて(ほんとは我に返って)はいと答え
ていた マスターの声や姿は店名だけを手が
かりにして来たぼくには覚えがないもので君
の人柄など想像していたよりつつましく古風
でその手ごたえがさわやかに思われていた
住宅の並ぶ通りをこの町にしばらく滞在した
ひとりの女性アスリートが幻のように駆けて
ゆくのが見える
 
人には隠されたドラマとそれを観る客が必要
なことをこの年齢になってようやくうけ入れ
られるようになった ドラマが提示されそれ
を現実のことのように思ったり架空のことと
みなしたりするのは作者のまわりの人間たち
だけで かれらは知らぬうちにそのドラマに
立ち合わされていることに気づいていない
君の見た例のアスリートの苦悩と焦燥も今は
長い時間のかなたに消えてしまっている 時
というやつがすべての存在をないがしろにし
てゆくけれども人間の記憶だけがそれを辛う
じて引き止めることができるらしい 人間の
意識は無数のドラマに埋もれていることをあ
の立ち合い人たちは気づいているだろうか
ぼくは今ごろになってドラマの作法について
習い始めることにしたんだ 今度君に会った
ときはその収穫のいくつかを見せようと思っ
ている
 
スポーツ誌で見たアスリートは二年後に米国
から戻ってくると言っていた 彼女が見よう
としたものは自分を取り巻く世界のありよう
じゃないだろうか 移り変わる世界の広がり
のなかで自分をつなぎ止めているものに出合
うこと それが彼女の胸にいつのころからか
はぐくまれていったんだ そんなことを君は
決して言わなかったけれど君と彼女がほぼ同
年齢であることを彼女が残していったいくつ
かのことばと目の前にいる君のもの静かな振
る舞いとから推し量ることができる ぼくは
その目に見えない符合のような瞬間に立ち合
うことができなかったけれど君を通して一つ
のことがらのさまざまなありようを思い描く
ことができる それは新しいものに出合う前
のおそれに似たためらいを伴っている
 
              ('86.5.30)
 
 
  泉のように
 
 
口から出るものが
血であったりするから
どんな色をしていたか
おまえにだけ
言っておくよ
 
ことばの上では
愛しているとか
そうではないとか
分からないことを
言っているけど
 
いつも
自分のことしか考えないやつ
すぐに
他人の血を見たがるやつ
――そんなやつとは
つきあいたくないね
 
たまに
他人の世話を焼くやつ
いつまでも
本心を明かさないやつ
そんなやつとも
つきあいたくないね
 
水道の蛇口
のように
出るものは
水しかない
というように
なりたいね
 
              ('86.5.12)
 
 
  鳥、子供の声
 
 
ボールがカーブミラーを転がり出で、少年が
石段に向かって黄色くなったボールをもてあ
そんでいる。垣根の内にもう一人少年がいて、
さきほどの少年と模様の付いたボールでこと
ばをかわしている。ボールはけリ合いっこの
主人公で、車道の端に立ちすくんでいたりす
る。少年の喚声だけが微風にそよぐ住宅地に
響いている。
 
車の屋根の上に取りすました猫がいて、車は
動き出さずに猫だけが車の遊び相手――。人
間たちの視線は奔出する水のように素っ気な
いが、人間は自然の服従者ではないと、ホー
ムに群がる鳥たちを見ていて思う。柑橘果を
かじって、土曜の朝によどんだ町並みを修飾
する。
 
              ('86.3.29)
 

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